セカンドライフ体験

朝一度起きて移動し、また別のところで寝る、という生活が定着してきた。慣れたらこれでよいのかもしれない。間もなく1か月を迎えるので、支払い等の手続きが少しずつ出てくることになる。
本日も大学へ。日本から持ってきた宿題を一つ終え、提出。これでよかったのかどうかわからないが、まあいいでしょう。英語の勉強は話せない自分を実感するだけではなく、改めて語彙の少なさ表現の少なさに驚く。ということは人の話も聞けない。少しは単語も覚えないと。
そういえば、この3日ほど、電子辞書を積極的に使うようになった。日本にいるときは、ほとんど使わずいちいち調べるのも面倒なので読み飛ばす。英語のメールの時はネットで調べるなどの対応を取っていた。こちらにも一応持っていこう、という感じで持ってきた。最近は、わからないのをそのままにしておくとそれで終わってしまうという危機感からか、よく出てくるものとか、ニュースのキーワードでわからない単語などについては調べるようにしている。また、同じような意味の単語は一緒にして覚えるようにしている。何度も書いているが、あとはアウトプットの場を増やさなければいけない。来週の学会がチャンスかな。
今日は夕方の授業では、ピーターレオン先生によるゲスト講義。テーマはセカンドライフであった。セカンドライフ中に仮想ハワイ大学キャンパスを作っているので、そこにみんなのアバターを紹介してくれて、いろいろと回ることができた。たとえばある建物のフロアでは絵が飾ってあり、そこでスパニッシュにてチャットを行うようなものであるとか、ゲスト講義を聴く場所などがあった。実によくできたコンテンツだ。作りは結構細かくて、ハワイっぽい海岸や、休憩できるところなどがあった。ピーター先生の授業はセカンドライフ内で実施しているものもあるらしい。コンテンツの作り方の基本を学んで、それをもちいたインストラクショナルデザインを行うらしい。なかなか難しそうだ。ちなみに僕はといえば、仮想キャンパス内で迷った(苦笑)たぶん説明の英語がわからなかったとかではなく、純粋に自分がどこにいるのかよくわからなかった。ほかの人たちは、ついて行っている人が多かったが、実際の大学を模しているからなのか慣れているのか原因はよくわからず。ようやく終わるころに地図があるのを知り、それをもとにやればよかったのだと気付く。まあちょっと触っただけですからね。慣れるのに時間がかかる。こういう人間を対象にした研究もしたほうがよいのかもしれません・・・(涙)
教育利用という視点から一応考えてみると、話にも出ていたように、Disability(という表現がよいのかどうかわからないけれど)の人には有効に利用できると思う。ただ、そのほかの活用については見えないところがある。教育利用を調べたら、日本では内田洋行が研究会を開いているらしいけれど、セカンドライフを使っていることのメリットが見えにくい。そうなってくるとメディア利用としてはどうなのかな、と思う。研究なので、出てきた結果は遠い将来別の形で生きてくるのかもしれない。日本にはマッチしにくいと思う。基本的に同期コミュニケーションが向くのは、もっと低年齢かなのかな。だからといってこのようなコミュニケーションをしないほうがよいというわけでもないけど。やっぱりtwitterとかFacebookのようなもののほうが日本人のコミュニケーション的にはあうのではないですかね。
昨日も触れたように、立体視によるメディアが昨年ぐらいからひとつの目玉となっている。パソコンでも出てきているけれど、それと関連させると応用性があるかもしれない。長崎大学で、原爆投下前と投下後の長崎の様子のコンテンツを作り、それを立体視の環境で見る授業のプロジェクトに少しかかわらせてもらっているが、これと近いものがある。スクリーンの大きさを除けば、ほかの施設設備を踏まえるとすると、こちらのほうがよいかもしれない。このコンテンツの開発って結構難しいのだろうか。長大では藤木研究室の学生が人柱になってやっているけれども(笑)
日本にいたらあまりかかわらないであろう興味深い授業に参加させてもらった。